がおちゃブログ

がおちゃの備忘録。ハロプロと、絵と、部屋の片付けのこと。絵を描いて生きていきたいです。

超えていけ、過去も、私も、自分自身も。

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(12/9 の投稿 noteより移行)
11/26、横浜アリーナで道重が娘。から卒業しました。
ライブに行くようになって2年、花道の先の六列目の席で、肉眼でまつ毛も見える過去最高のあの席で妹とさゆを見送れたこと、私の一生の想い出になりました。
アイドルを応援するってこんなに幸せだと教えてくれた人。
元気と本気と愛をたくさんくれた人。
今後の自分を頑張らせるための、いろんな考え方を教えてくれた人。
それが道重さゆみでした!
 何が魅力かよく聞かれましたが、さゆの、芯は変わらずにずっとモーニング娘。であろうとし続ける所が格好良かったんです。さゆはモーニング娘。のプロだったね、という言葉が一番しっくりきました。
 恐らく彼女が娘。でなかったら、性格の悪い美人で終わっていた気もする。そしたら私は今こんなに楽しんでないし、さゆ、アイドルになってくれて本当にありがとう!!!

娘。というネーミングはよくグループを表していると思います。
山口の田舎から出てきた道重は、加入当時13歳でした。体があまり強くなく、ダンゴムシが友達で家族にべったり、おねえちゃんについていったエアロビが楽 しくて病院の先生から体が強くなった、と褒められて喜んでいた可愛い道重。可愛い可愛いと言われて育ったため自分にできないことがあるのも知らず、音楽に 音階があることも知らず、顔の可愛さだけで娘。入りを果たしました。オーディションで歌ったメロン記念日の「赤いフリージア」の音痴っぷりは「さゆーじ あ」と称されファンから愛されています。
デビュー曲のシャボン玉ではソロパートは「叫び」のみ。ミラクルエースと言われた後輩の久住小春には手を焼いていたそうです。家電の配線で呼び出されても断れない道重はストレスで自分の眉毛を抜きました。
歌もダンスもできない、万年後列メンバーの道重でしたが彼女はとにかく必死で自分の居場所を探しました。

ローカルのラジオでは毒舌と頭の回転の早さが評価され、たちまち8年の長寿番組になりました。グループが落ち目になり、自分があんなに憧れていた娘。のメ ンバーを一般人が知らないこと知り、危惧した道重はメディアにも積極的に出るようになります。そして女が嫌いな女ランキングに名を馳せたこともありまし た。
 当時の私はたまに動画を見る程度で、このまま解散しちゃうのか〜と思ってました。ハロプロは好きでしたが、諦めに似たものを感じていました。娘。も道重 も好きだったけど(プラチナ期の道重が全然前に出てこなかったのでberryzに流れようとしました)、このイメージをプラスに活かすなんて大掛かりな物 語で、夢のまた夢だと思っていました。
 ターニングポイントになったのは、2011年、久しぶりにメディアで見た黄金生活でした。ロバート秋山と対決した1万円生活で、布団に入りながら「モー ニング娘。を知ってもらいたい」と泣いた道重を忘れません。道重はやっぱり芸能界相手に一人で考えた壮大な計画を実行している、と鳥肌が立ったのを覚えて います。当時「知らない人に知ってもらうこと」に強烈な意義と使命感を持っていたのは、私の印象の限り、彼女ひとりでした。
 もしかしたらまた再起できるかもしれない。その時にファンが抱いた希望が現実になる2014年まで、3年間。
 きっとあっただろうたくさんの誤解にも負けず、強かな道重は言わば自分の「春を殺して」、それをちゃんとやってのけました。

私にとっての道重は神様で、可愛さもさることながら、無理がなく、嘘がなく、考えて行動する、人として理想的な人でした。
本格的に好きになって、まだたった2年なのかと思うくらい、モーニング娘。14の応援で濃密な時間を過ごしました。道重を応援することができてラッキーでした。
道重を好きになって、私は自分に自信を持つようになりました。
道重は「自分見る目あるな」と思わせてくれました。

決 して華やかでは無かったけど、今自分にできることの範囲内で、着実に形に残すことで、たくさんの誤解をはねのけて、自分を理解させることをやってのけた。 まともな25歳の女の子、という感じがとても健全で、健やかで、この子は芯の部分はずっとブレてないな、信じてみたいな、見届けてみたいな、と思える人でした。

そして迎えた卒業の日、11月26日、横浜アリーナ
ライブ前半こそ順調だったものの、気合いが入りすぎたのか後半冒頭で道重の足が攣ってしまい、全く動けないまま一人だけ前ステージに取り残されるシーンがありました。道重を置いたまま始まってしまうメドレーのテンポはあがる一方で、次々出てくるラスボスみたいでした。
12年間の集大成、悔いの残るライブにしてほしくなかったのにまさかの事態。神はこんなに意地の悪いことをするのかと思いました。メンバーにも緊張が走り、顔色が曇って、何よりさゆが悔しそうでどうなるかと思いきや…
巷では「フクムラダッシュ」と言われていますが、メドレー中、後方ステージで動けず取り残された道重と曲のため、ぴったりのタイミングで花道を駆けて戻っ てくる時期リーダー譜久村、そしてその穴を埋めるためマイナス二人分フォーメーションを自然に変えてしまうメンバーの姿…

LOVEマシーンでは立てなくなった道重が見えなくなり、「真ん中開けて」と叫んでフォーメーションをとっさに変えるメンバー、悔しくて泣いたのに、自分のパートで顔を上げた瞬間には笑顔のさゆ。
こんなトラブルに、10代そこそこの女の子達が咄嗟に対応できるとは思わず、途中まで演出なのかどうか区別がつきませんでした。
「超えてゆけ、過去も、私も。」を実現してしまった伝説のライブになりました。
いつの間に、こんなにみんなが格好良く、頼もしくなってたんだろう!!

そして、道重イズムを身につけたファンがすごかった。頑張れーとも言わない。頑張れと言ったらさゆが泣くのが目に見えたんでしょうね、悲しみの伝染をせき止 めるようなファンのいつもと変わらないコール。人は本気で祈ると「頑張れ」とも言わず、悪いことを見ないで前向きなコールで塗り替えてしまうんだと知った 一瞬でした。私はさゆの気持ちになってしまって耐えられず思いっきり叫んでしまったんだけど、元気なコールに掻き消されてよかった。

最高のリーダーとしてのさゆの卒業。それまでさゆを見ていたらなんとなく想像できたさゆのゴールの形だったけれど、さゆは、予想を超えて更に次のステップまで見せてくれました。
 私は、さゆが最後に「泣かない」と決めたその真意がわかりませんでした。泣けばいいのに。自分のための舞台、最後くらいわがままな時間の使い方をしても 良いのに、サラッと何事もなかったかのように終わらせたいという意志を本当の意味で理解することができなかったのです。
 本当のところどう思っていたのか、本人の口から聞いてみたいと思っていたし、それが聞けるんだと期待していた部分もあったから。
 だけどライブを見て道重の考えていたことが本当に手に取るようにわかりました。
一度満足するまで自己実現できた人間は、次に何をするんだろう。どんな幕引きをするんだろう。何を見せてくれるんだろう。…私がさゆから見せてもらったそ れは、「最後に一番美しい自分で、チームの未来を予感させる」ことでした!道重は、「最後の自分が美しくあること」ももちろん考えていたでしょうが、それ 以上に、続いていくチームの歴史の中にある自分の位置をしっかり見据えていました。
チームの伝統を一番に考えて、その中の一コマとしての自分の幕引きをしようという意志が強烈に感じられるライブでした。いつのまにか、「自分大好 き<後輩」にきちんとなってた。「泣かない」と決めて、強い自分の背中を見せたかったんだな、「偉大な自分」から後輩を卒業させたかったんだなと、 やっとわかった…( ; ; )多分、自己愛とチーム愛が行くところまで行ってしまった結果ってこういうことなんだなと思いました。
道重に教わるまで自分が気づかなかったのが恥ずかしいです。
 とある方の2011年ライブの感想。(許可頂きました)「道重さゆみがすごかった。人間には自分しか見えないタイプと、全体が見渡せるタイプと二種類い るが、自分のなすべきことをやりながら全体を見渡せる人間は滅多にいない。そういう人を久しぶりに見られて、うれしかった。」と仰っていましたが、その通 りだと思います。

こんな幕引き、チームの中で100のパフォーマンスができたと自負できる人間にしか成せないって思いました。箱を利用した時期。自分に自信を無くし、なんとか目立たないように努力した時期。箱のことを考えて、自分をまず犠牲にした時期。そして、得た力を箱に還元した時期。
こんなにはっきりと、止まらずに、何かを続けていくこと、誰でもできることではないと思います。

あんなにヒヤヒヤしたライブは初めてだったし、あんなにファンが一つになったことは無かったし、とにかくさゆが悲しい顔で卒業することがないように、とファ ンもメンバーも必死でした。みんながみんな、さゆのことを考えたら、あんなにひとつになるのか、あんなに穏やかな気分になるのか、と思いました。
文章が得意ではないのでうまく伝えられませんが、この人は信じよう。と思える人を応援することができて、本当に本当に幸せでした。今後アイドルじゃなく なってしまって、もしかすると色々がっかりすることもあるのかもしれないけど、どんな形であれ今日まで力を貰えたのは事実なので、一人の女性として、人と して、さゆが幸せでいてくれたらいいなと思う次第です。

情けないけど、道重のことを考えることが、私のエンジンになっていました。道重のことを考えていると、いつも自分に返ってきます。道重は、娘。は、いつも教えてくれます。どうしたらいいのか。次に何を考えたらいいのか。いつも私の背中を押してくれました。
自分がやるべきことがクリアになってきたり、今日も頑張ろうと思えたり、そんないいことがたくさんありました。どんどん浄化されていくような気分でした。たくさん助けられました。ありがとう、と心から言える人を本気で応援できたこと、本当に誇りに思います。

さゆ、12年間おつかれさまでした。
本当に、たくさんの愛と感動をありがとう。
これからは、さゆがいなくなっても、大丈夫な人になります。
私のアイドル像を変えてくれて、人生観を変えてくれて、本当にありがとう。
長くなりましたが、最後まで読んでくれた方がもしいたら笑、ありがとうございました。
ライブに行きたいと言ってくれていたのに、誘えなかった方、興味を持ってくれた方、ぜひ15年のハロプロを一緒に見に行きましょう。
さゆが繋げてくれた、素晴らしい後輩達がしっかり育ってます!

ながお(がおちゃ) @ngo_chaka

 

 

『それでも恋するバルセロナ』から考えるポリアモリー

映画「それでも恋するバルセロナ」を観ました。

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★★★☆☆

 

2008年の作品。

そもそもこれに興味を持ったのは、ポリアモリーという二人に限らない恋愛の価値観があることを知ったからで、ポーリーの人がお勧めしてたから観たいなーと思っていました。

おそらくポリアモリーの価値観の芯を食うには及ばない、お試し三角関係的な事態に終始してしまうんだけど、入門としては私には良かったです。

芸術家ってなんでこうなんかなと苛々する気持ちも沸きつつ…。

これ観てさらに思ったけど私個人はポリアモリーは多分苦手だな〜。とりあえず今の段階では生理的に受け付けない。その方達がどうというんじゃなくて、棲み分けが進んでいないから普通に自分の恋愛に入り込んでくる可能性があるってことが嫌。

私はそんなに割り切れない。ポーリーの思想は私には関係ないし、その人には侵害と取れないことも私にはかなりのダメージを受けるし相手には話通じないしで、もう都合良すぎで辛いだけだ…。

監督のウディ・アレンも二度離婚しているうえに籍を入れずにずっと付き合っていた恋人の養子と結婚してしまって裁判まで起こされてるような人だから、こんな映画作れるんでしょうね。(超苛々してる)

そういう人の存在は認めるけど、自分の秩序が崩壊するので自分の恋愛に入り込まないでほしいですね…。

マイノリティな価値観が異常だとは思わないけどそれを自分とは違う思想の人間に強要するのはもってのほか。それに、理解するのも残念ながら時間がかかるということを認識しておかないと、お互いが不幸になる。

理解を期待することを控えるのに一旦カミングアウトすると共感に引き込もうとするのは割とよく聞く例で、された方は突然のことに驚くしかできないけど、そういう場合は人をある距離まで明け渡した経験が普通に比べて圧倒的に少ないから、距離感を測れないだけなんだろうなと思う。理解から共有までの課程をすっ飛ばしてしまう。
その辺は思いやりとかそれまでの友情で充分解決できる話なんだけど、それでもやっぱり、宗教と似ていて理解できないものを無理に押しつけるのは暴力なので、理解できる人の間でなら全然平和でいいなぁ。その人の器を否定して不幸にしてしまうのはお門違いだよ、ということを考えました。

映画で充分。